人材育成において「任せる」ことは重要です。私自身、仕事において最も成長実感があったのは、新規事業の立ち上げを任され、それを軌道に乗せるため、自分の頭で考え様々な行動をしていった体験です。しかしながら、経験・知識が無い部下に「任せる」ことが効果的なのか、それとは逆に経験豊富な部下を「細かく管理する」ことが更なる成長につながるかは非常に悩ましいものがあります。今回は指導のアプローチについて考えていきます。
OJTにおける新人教育の事例
食品卸売業で働く3年目社員の高田主任は、新人の田中君のメンターとして、OJTでの指導係を担っています。営業成績が優秀なだけでなく、勉強熱心でもある彼は、自己啓発、後輩育成のスキルアップを図り、あるビジネス書を手にしました。「部下が簡単に育つ、コーチングの進め方」(※仮称です。特定の書籍を念頭に置いているわけではありません)その書籍にはこのように書かれていました。「答えは部下の中にある。部下の考える習慣をつけるため、指示ではなく、質問を投げかけ部下を導いていくことが重要だ」、と。
行動の早い高田主任は早速、田中君への指導にコーチングを取り入れました。新規で訪問した先に対する次のアプローチをどのようにすればよいか、田中君が高田主任に相談した時のことです。「今日訪問したA社ですが、非常に会話も弾み色々と情報を頂けました。来週、改めて提案書を持っていくアポを取り付けました。」「それは素晴らしい。」「そこで、提案の主旨と構成についてアドバイスを頂けますでしょうか。まず、A社にはどのような内容が響くでしょうか。」高田主任は答えます。「田中君ならどう思う?」「そうですね。すぐには思いつきません。」続けて高田主任は質問します。「もし、田中君がA社の担当者だったら、どのような提案が嬉しいかな?」田中君は困惑した表情を浮かべ、「わかりました。今週いっぱいで自分で考えてみます。」
横からそのやり取りを眺めていた山田課長は、その日の就業後、高田主任と話しをしました。「高田君、勉強熱心だね。今日の田中君とのやり取りはコーチングの手法を取り入れたのかな?コーチングは非常に有効な手段だけど、部下・後輩のレベルによっては効果を発揮しない場合もあるんだよ。田中君の指導の場合、まずはしっかりとやり方を教えるティーチングを優先する方がいいね。」
【解説】
経営支援センターでは毎年300人以上の新社会人に対して新入社員研修を実施し、受講生に対する意識調査を行っています。その調査の中の「上司・先輩に期待することは何ですか?」という質問で最も多い回答はここ数年同じです。「しっかりとしたアドバイスやフォローが欲しい」というものです。意外に思われるかもしれませんが、これが事実です。
いま、研修業界で部下育成と言えばコーチングが花盛りです。中途半端にコーチングを学んだ多くの上司が、部下の自主性を育み自律的な行動を促すという理由で、あえて答えを教えない、やり方を示さない指導をしているのではないでしょうか。しかしながら明確な答えを持たない新人が「君ならどう思う?」と聞かれたところで、心の中では「そんなの知るかよ」、です。逆に部下からの信頼を失っていきます。
そもそも自律性は、原因自分論で目標達成に全力を尽くそうと行動する時にはじめて生じるものです。原因自分論がまだ腹落ちしておらず、目標に対する意識も曖昧な新人に、「自分で考えろ」と言ったところで無理な話です。まずは、指示し、実行させ、その確認・アドバイスを繰り返し行い、仕事を覚えさせることから始めるべきです。もちろん、いつまでも手取り足取りの指導では考える習慣を失います。究極の人材育成は「任せる」ことですが、重要なのは部下一人ひとりをよく観察し、いまはどのレベルのアプローチをするかを選択することです。そのレベルはSL(シチュエーショナルリーダーシップ)理論で解説ができます。
①指示型(高指示、低支援)
成熟度が低い、新人や若手に対するアプローチ。仕事のやり方や手順をきめ細かく指示し、接触頻度、チェックも多くなる。
②コーチ型(高指示、高支援)
成熟度のやや低い、仕事に慣れてきた部下に対する指導は、指示の内容がやや粗くなり、接触頻度も少なくなる。本人に考えさせたり、意見を言わせたり、アドバイスなど話し合いが多くなる。
③参加型(低指示、高支援)
成熟度がやや高い中堅社員に対するアプローチで、指示は必要な範囲にとどめ、本人の自主性や主体性をうながし、ほめる、励ます、やりやすい環境づくりを行うなどが主体となる。
④委任型(低指示、低支援)
成熟度が高いベテランに対するアプローチで、責任や権限を部下に委譲し、管理も報告程度のゆるやかなものになる。
山田課長のアドバイスを受けた高田主任はまず、田中君の1ケ月ごとの行動目標設定からはじめました。進ちょく状況を絶えずチェックし、こまめな声がけを行う。田中君からの報連相を待つだけではなく、報連相を取りに行く。もちろん、そのフォローは前回のコラムで紹介した自分も相手も尊重したアサーティブな表現を用います。自分のことを気にかけてくれるという安心感から、次第に田中君からの相談も増えていきました。
【ポイント】
部下一人ひとりのレベルを見極め、どのアプローチで育成するかを考えることが部下の成長につながっていく。
株式会社経営支援センター 吉田敬真