美点凝視(びてんぎょうし)と基本の徹底

美点凝視(びてんぎょうし)と基本の徹底

2022/02/10

美点凝視(びてんぎょうし)と基本の徹底

「人はその長所のみ取らば、すなわち可なり。その短所を知るを要せず」(人を用いるというのはその長所のみ活かしていけば良い。短所は構わないことだ)この言葉は江戸時代(元禄時代)の幕府御用学者である荻生徂徠(おぎゅうそらい)の言葉です。管理職研修でもよく用いられる美点凝視の一節で、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。私も正しいと思いますし、私の研修でもよく取り上げる言葉です。しかしながら部下育成の点から言うとこれだけでは十分ではありません。なぜなら、美点凝視は人間の本質上、非常に難しい部分も含んでいるからです。今回は美点凝視と基本の徹底、相反する2つの点から人材育成を考えていきます。

新入社員の受入れ準備の事例

    食品卸売業A社では来る4月に新入社員が3名入社します。毎年、新入社員は入社式の翌日より、大手研修会社主催、3日間の集合型研修に派遣され、ビジネスマナーを中心に社会人の基礎を学んでもらいます。これは20年近く続くルーティーンです。研修・教育担当として新たに人事課長に就任した中山課長はコロナ禍の中、効果的な新入社員育成を目的とし、研修体系の全面的な見直しに着手しました。まずは、今年の新人である営業部に所属する田中君にヒアリングを行います。

中山課長「おつかれさま。いま、新入社員の教育を見直しているんだ。4月に受けた新入社員研修について色々と教えてもらえるかな。」田中君「わかりました。」中山課長「感想はどうだった?」田中君「正直なところ、なぜこのマナーが必要なんだろう、本当に意味があるのかな、と思いながら受講していました。実際、社内に戻っても使っていないマナーもありますし。」中山課長「でも受講して良かったな、と思う部分はあるよね。」田中君「もちろんです。しかし、後になって気づいたことも多いです。敬語の使い方を先輩に注意されたとき、もっと真剣に新入社員研修を受講しておけばよかったな、と。」中山課長「なるほど。研修計画の参考にさせてもらうよ。」

解説 

    まもなく会社には新社会人が入社してきます。様々な新入社員研修では、ビジネスマナーを徹底的に教えられます。「最敬礼は45度」、「お腹から声を出す」、「尊敬語・謙譲語・丁寧語」、「名刺交換は弧(こ)を描くように」、等々。マナーは星の数ほどあります。しかしながら、なぜこのマナーを守ることが重要なのか?ということまでは通常教えられません。

    昨今の新人は非常に優秀です。論理的に考える力や目的意識がひと昔前の新人よりも桁違いに高いです。「これがマナー。言われた通りにやれば良い」では心の中で「なぜ重要なの?」という気持ちが渦巻き、反発心まで産まれます。研修中こそ、講師に従っているように見えても、研修が終わると「意味のない研修だった」との感想を漏らしています。では基本の重要性をどのように理解させ、美点凝視の観点から人材を育てていけばよいか。それが次の通りです。

1.相手の欠点が真っ先に見える

    人間は相手の欠点が真っ先に見えます。視力検査のマークはなぜ円の欠けた部分を指示させるのでしょうか。それは、円の整った部分は全く気にならないものの、欠けた部分が真っ先に目に入ってくるからです。これは人間関係、仕事の現場でも同様。いくら身なりがキチンとしており、笑顔を浮かべていても、言葉づかいが失礼であれば、「この人は信頼できない」との烙印を押されてしまいます。一つのマイナス要因は他の全てのプラス要因を台無しにするのです。これは、相手の違和感を察知することで危険を回避しようとする、人間が動物だった時代から続く普遍的な本能ですので、修正しようがありません。マナーは社会人にとって出来てあたり前のこと。だからこそ、相手はあら探しをします。新人に「なぜマナーが重要か」を理解させるためにこの説明は非常に有効です。まずは基本を徹底的に体にしみ込ませることを意識してください。

2.美点凝視(長所に着目する)

    基本ができ、育成のステップに入って初めて美点凝視の考え方が有効になります。人間には得意、不得意があります。全員が全て完璧なスーパーマンになる必要はないのです。リーダーとして最も重要なのは異なる長所のメンバーを補完させ、目標達成するチームをつくることです。

    また、多くの場合、長所と短所は表裏一体です。「動きが遅い」は裏を返せば「リスクマネジメントを行い慎重である」。「冷たい言動」は裏を返せば「冷静で客観的な発言ができる」。他人から見て明らかな欠点は別として、短所を消そうとすればするほど逆に長所が消えていきます。相手が不快に思わないようであれば、まずは長所を伸ばしていくことを重要視した方が、その部下の成長スピードは目に見えて上がっていきます。

    中山課長はいままでの研修の内容をしっかりと精査しました。基本は重要です。しかしながら、なぜ基本を守ることが重要なのか、そのマナーを守らないといけないかの理由まで、深く解説し、受講者の理解を促すことは更に重要です。そこで各研修会社にヒアリングを行いました。その中で非常に納得感のある説明をした研修会社に今年の新入社員研修は変更することとしました。

【ポイント】    人は相手の欠点を真っ先に見る。だからこそ基本の徹底を徹底的に体にしみ込ませること。基本を押さえた後は、長所を伸ばす美点凝視のアプローチが有効となる

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