テーマ㉘「お金について~物心両面の豊かさ~」
20代・30代の中堅・若手研修の中でよく耳にする発言があります。「お金には困っていません。別に大きく収入を増やしたいとも思いません。」だからと言って彼ら・彼女たちは仕事をサボりたい、などと考えているわけでもありません。それどころか非常に仕事に熱心です。日本経済の長期低迷、デフレ下のもと、物の値段は下がり、贅沢をしなければ生活ができてしまいます。そのような若手に対し、「給料を上げたいだろう!必死に働け」といったところで残念ながら全くモチベーション向上にはつながりません。
また、子育てはお金がかかる、というイメージがありますが、私の経験から申し上げても正しいとは言えません。日本は社会主義国家か、と見間違うほど、国・地方自治体から手当・助成金・無償化等の支援が提供されています。であるにも関わらず東京都では、子育てで唯一負担が大きい大学の学費も無償となります。(このような甘やかしの政策こそが国力の低下を招いたと個人的には考えていますが、今回は論点がずれますのでここでは論じません。)
それでは、所得を増やすことに執心しない部下のモチベーションを向上させるためには何を提供すべきか、それが故稲盛和夫氏の言う「物心両面の豊さ」です。①会社の利益に貢献することで自身の収入を上げ、お金を稼ぐことの大切さを理解させること。②お金ではなく心の豊かさ、つまり仕事のやりがいを与えること。この2つを両立させることこそがモチベーション向上には重要なのです。
「人事評価のフィードバックの場面」
食品卸売業A社では12月初頭、人事評価のフィードバックのため、各管理職は部下と面談を行っています。その中で最も重要な項目が、冬期賞与の査定結果の説明です。山田課長「この半年間おつかれさま。目標達成おめでとう。また、周囲に対する気配りや後輩の指導もしっかりとしてるね。私としても、賞与の査定は期待をこめてS評価をつけました。この調子で次の半年も賞与の大幅アップを目指して頑張ってください。」2年目の田中君「ありがとうございます。引き続き頑張ります。しかしながら、賞与を増やしたいから頑張ったわけではありません。私にとって収入はさほど重要でもありません。」山田課長「なるほど。しかし、組織にとっても収入アップを目指して働くことは非常に重要なことなんだよ。」
【解説】
日本人の伝統的な考え方からか、「お金は卑しいものであり、他者へ奉仕することこそが美徳である」という価値観を持つ方もいらっしゃいます。しかしながら、価値に見合った対価を得ることは全く卑しいことではありません。上司は、お金の重要性を部下に理解させ、収入を増やしていく動機づけも必要となります。
1.「物(お金)」の豊かさ
①お金は客観的な評価を表すモノサシである
モノには価値があり、その価値を客観的に測る手段はお金しかありません。目標を達成すれば評価は上がり、目標未達では評価は下がります。評価の公平性を保つためには、報酬(お金)に差を付けるしかないのです。ある人が「お金は必要ない」と思っても、待遇の向上を目指し目標達成にまい進する正直者がバカを見るわけにはいかないのです。
②収入を上げ、納税を行うことは最大の社会貢献
収入を上げることはただ個人の満足にとどまるわけではありません。所得の増加に応じて納税額も増大していきます。納税は富を分配する最大の社会貢献です。
③お金に対する知識
上司は正しいお金の知識を部下に教えてあげることも重要です。毎月の給与のうち、余ったら貯金しよう、ではなく、給与が振り込まれたタイミングで一定の金額を貯金口座に移さなければ、貯金は増えません。将来を考え、結婚・子供の進学など、いくらの資金が必要になるかを想定する必要もあります。リスクとリターンを考え、円預金だけではなく、外国債券、国内株式、外国株式の金融商品に分散投資をすることも重要。しかし最大の投資は自己投資(勉強し知識を増やす。経験を重ね見識を深める)ということ、など、知っておかなければならないお金の知識は日頃から伝えてください。
2.「心」の豊さ
①給与アップの喜びは持続性がない
あるデータによると、給与がアップした直後は幸福を感じるが、1ヶ月もするとその幸福感は忘れてしまうと言われます。また、給与が高いことと、仕事に対する満足度の相関関係はほぼありません。つまり、仕事に対するモチベーションは給与とは別の要素が向上の源泉になっているのです。
②モチベーションの源泉は何か
それでは代表的な仕事へのモチベーションの源泉は何か、それが感謝・やりがい・成長実感・仕事そのものです。これを部下にいかに提供していくかが、意欲的な社員をつくる要素となります。
③個人の所得向上ばかりに目を向けると組織の一体感がなくなる
歩合制の割合の高い組織に共通するもの、それは見事なまでに組織の一体感や団結心、協調が無いということです。あまりにも個人の収入にこだわる人間が多いと組織は崩壊します。
3.結局のところ、「物」と「心」どちらも重要
収入アップに目を向けず、やりがいだけを提供するリーダーはやりがい搾取の三流。収入アップだけを動機づけの手段にするリーダーは二流。結局のところ「物」と「心」どちらも提供しなければよい組織にはなり得ません。
山田課長の説明を聞いた田中君は、やりがいだけでなく、収入を上げ、組織の利益に貢献することの重要性にも気づきました。
【ポイント】
物心両面の豊さは社員のモチベーション向上につながる。